1. HOME
  2. 言問のあれこれ
  3. 言問のあれこれ
  4. 「パンダを語った人」、「パンダを撮った人」

「パンダを語った人」、「パンダを撮った人」

パンダの帰還後、連日のメディア取材に追われ多忙を極めた二木さんと高氏さん。その喧騒がようやく一段落した今、胸に去来する思いとは何か。渦中にいた当事者だからこそ語れる今の心境を明かしてくれました。

観覧日最終日のシャオシャオ
観覧日最終日のシャオシャオ

日本パンダ保護サポート基金運営委員 二木さんに心中を聞く

「2008年から2011年。上野にパンダがいない時期がありました。あの頃は街もどこか元気がなく、私自身も沈んでいました」今回の返還もまた寂しさはある。だが状況は当時とは違うといいます。「パンダの帰国と時を同じしくして、中国からの渡航者が減り、上野の街には日本人のお客様が持ってきました。買い物がしやすくなった、落ち着いたという声も聞きます」。「水面下で描く方向にお願いを続けています。必ずパンダは戻ってきます」。その言葉には、長年パンダと上野を見つめ続けてきた覚悟と、揺るがぬ確信が滲んでいました。

パンダ写真家の高氏貴博さんに、今の心境を聞いた

日本からパンダがいなくなったことについて、「非常にショックでした」と率直に語る一方で、「気持ちは既に割り切っています」と静かに続けました。これまでと変わらぬ日課を守るため、今も毎日、上野動物園に通い続けいます。レンズを向ける相手は、以前から好きだったレッサーパンダ。

「最近は少しゆっくりできています」と笑う高氏さん。パンダがいたころは取材が殺到し、多い日には1日に10件から20件も対応していたと言います。家庭では、妻から「ほどほどに」と心配されることも。子供は対抗心からか、水族館に行きたがっているそう。それでも毎日のルーティンを変えない理由は明確だ。「必ずパンダは戻ってくると確信しているからです」

そして最後に、少しだけ表情をほころばてこう語りました。「シャオシャオとレイレイがお披露目されたら、真っ先に会いに行きます」

プロフィール

二木忠雄さん

二木 忠雄
日本パンダ保護協会 評議員。大学卒業後、大阪の菓子問屋で修業、78年株式会社二木(二木の菓子)入社。二木ゴルフ、東洋茶廊などの社員、役員を経て、現在は二木グループ代表役員。上野駅周辺全地区整備推進協議会会長、東京都警察官友の会・第六方面委員長など公職も多い。

高氏貴博さん

高氏貴博
上野動物園のパンダを毎日撮影し、ブログ「毎日パンダ」で紹介するカメラマン兼グラフィックデザイナー。「リーリー&シンシン メモリアル写真集」など、著書も多数。

関連記事

error: Content is protected !!