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風街ロマン 林家たま平さんと歩く『浅草猿若町』

江戸末期に江戸三座や人形浄瑠璃の芝居小屋が集結した町

江戸時代、現在の言問通りに面する浅草北部には「猿若町」が誕生し、遠山の金さん(遠山景元)により、中村座、市村座、森田座の「猿若三座」が集められました。

江戸では魚河町、吉原のそれぞれに1日1000両(約800万円)ずつ落ちたと言われています。猿若町は江戸の文化と経済の両方を支えた稀有な町でした。
芝居小屋が軒を連ねたこの一帯は、役者・商人・見物客で昼夜問わず賑わい、江戸随一の娯楽拠点として発展。現在の言問通りじゃその華やかな歌舞伎文化をさせた“表通り”として、お多くの人々の往来に彩られていたのです。

三座図:左から中村座・市村座・河原崎座。(1843-1855)

江戸文化が開花した地。

東都繁栄の図(中村座)

映画国宝のような歌舞伎の芝居小屋が軒を連ね、見物客の熱気で揺れていたこの町に残るのは、往時をしのばせる石碑と町名の記憶です。石に刻まれた歴史は動きませんがその物語を語り継ぐ人がいる限り、猿若町の賑わいは決して消えることはない。そんな思いを抱かせる散策となりました。

たま平さんが「ここに拍手や笑い声が響いていたんですね」と静かに語ると、風に乗ってい遠い時代のざわめきがふっと蘇るようでした。

現在の猿若町を歩いたあと猿若町会会館を訪ねると、市村座の跡地に住んでいる小竹一平町会のご好意で、“街のお宝”を特別に見せていただく機会に恵まれました。大切に保管されていたのは、往年の芝居町の面影を伝える古写真や資料の数々。そこには芝居小屋が立ち並び、人々が詰めかけた賑わいの記憶が確かに息づいていました。「ここはただの住宅地じゃない。江戸の文化が花開いた場所なんです」と語る町会長の言葉には、地域の誇りが滲んでいました。石碑だけでは伝わらない、生きた歴史が鳥海の手によって静かに守り継がれていることを実感したひとときでした。

落語家 林家たま平さん

今回、猿若町の探訪にご同行いただいたのは、落語会の名門・林家一門に生まれた若き噺家、林家たま平さん。初代林家三平の孫であり、林家正蔵師匠の長男で、下町の学習院、根岸小学校で学び、言問通り周辺の風景を“子どもの頃からの記憶”として語れる稀有な存在です。古き良き江戸文化と下町の今を、落語家ならではの温かな視点で結びつけてくれる語り手として、今回の特集にふさわしい案内人です。

林家たま平
ラグビー部の主将を務めるなど、筋金入りのスポーツマン。「ねぎし三平堂」の血筋を引き継ぐ若手落語家として、伝統を大切にしながらも、現代のメディアや舞台で新しい風を吹き込んでいます。

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