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寛永寺・名所「月の松」を解説!徳川家との深い関係とは

鶯谷駅北口から徒歩9分。徳川家の将軍6名が眠る寛永寺は、日本の歴史と深い結びつきがあります。今回は東京の都観光資源としても知られる、寛永寺をご紹介します。

菩提寺 寛永寺

寛永2年(1625年)に徳川幕府の安泰と万民の平安を祈願するため、寛永寺は天海僧正によって建立されました。江戸城の鬼門(東北)にあたる上野の台地に創建したため、京都の比叡山にならって東叡山と号したと言われています。鬼門を封じ、徳川家を守るための祈祷寺でしたが、現在は天台宗の関東総本山としての役割を担っています。

3代将軍の家光が亡くなると、寛永寺で葬儀が行われました。その後4代将軍の家綱が寛永寺に葬られ、寛永寺は徳川家歴代将軍の菩提寺という役割を担うようになり、6名の将軍が眠っています。

※菩提寺とは、先祖代々のお墓があるお寺を指し、菩提所とも呼ばれます。氏寺とも呼ばれていました。菩提とは、サンスクリット語で「さとり」「めざめ」などを意味する言葉に漢字を当てたものです。

面積は東京ドーム21個分⁈

江戸時代の寛永寺は、天台宗の総本山である比叡山延暦寺と琵琶湖の景観を江戸(上野の山)にそのまま再現するように設計されました。そのためか江戸時代の寛永寺は約30坪、東京ドーム約21個分の広さでした。しかし明治時代になり政府からほとんどの境内の土地を没収され、上野恩賜公園になりました。上野恩賜公園にお堂が多く残るのは、このような歴史的背景があります。

ところで「恩賜公園」はたまに聞く言葉ですが、どのような意味かご存知ですか?
「恩賜公園」とは、皇室から下賜された土地を整備して作られた公園のことを言います。上野恩賜公園以外に、東京都三鷹市にある「井の頭恩賜公園」、神奈川県箱根町にある「恩賜箱根公園」があります。

150年の時を経て復元された「月の松」

観光客に人気の「月の松」は、上野公園のほぼ頂上に位置する清水観音堂にあります。清水観音堂はかの戊辰戦争でも消失することなく、上野恩賜公園一体では最古の建造で、国の重要文化財になっています。

「月の松」は江戸時代の天才絵師歌川広重の「名所江戸百景」に構図を変えて2枚描かれています。またゴッホをはじめ19世紀ヨーロッパ絵画に大きな影響を与えた傑作ですが、実は、1855年の安政の大地震で甚大な被害を被った江戸の庶民に向けて、「江戸の名所は残っている」「壊れた箇所も修復できた」というメッセージを込めた震災復興の絵画と言われています。

出典:広重「名所江戸百景 上野山内月のまつ」国立国会図書館デジタルコレクション
出典:広重「名所江戸百景 上野山内月のまつ」国立国会図書館デジタルコレクション

しかし寛永寺のシンボルであった初代「月の松」は明治初期の台風により被害を受け消失してしまいました。その後、平成24年(2012年)に清水観音堂・大多喜義慶輪番の発案により、2代目「月の松」が150年ぶりに付言されました。

松の先には不忍池と不忍池辯天堂魔で一直線に繋がっていて、とても綺麗な風景が望むことができます。「現代に甦った江戸の粋」を堪能してみてはいかがでしょうか?

寛永寺
東京都台東区上野桜木1-14-11
9:00〜17:00
鶯谷駅北口徒歩9分
公式ウェブサイト

清水観音堂(月の松)
東京都台東区上野公園1-29
上野駅から徒歩5分
9:00〜17:00
公式ウェブサイト

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